アジア オーケストラ ウィーク 2022

文化庁芸術祭は1946年より毎年開催されている芸術の祭典です。
アジアオーケストラウィークは2002 年に始まり、16の国と地域から60を超えるオーケストラが参加しています。
豊かな文化伝統に育まれたオーケストラによる演奏をお楽しみください。

Program Notes曲名解説

ルシオ・サン・ペドロ:ラヒン・カユマンギ

アメリカ合衆国統治下のフィリピンで職業音楽家の家系に生まれたルシオ・サン・ペドロ(1913-2002)は、日本で言えばさしずめ山田耕筰と古関裕而を合わせたような存在か。植民地時代から対米闘争、日本の占領、米からの独立へと至る激動の20世紀を生き、本日紹介される管弦楽曲から叙情的歌曲や合唱曲、フィリピン人には馴染みの旋律のブラスバンド編曲、《独立行進曲》や《祝典行進曲》など軍楽隊マーチや市歌に至るまで、幅広い作品を遺した。切手に肖像が取り上げられたこともあり、1991年にはフィリピン国民芸術家に叙された。
タガログ語で「褐色人種」なる題名の12分程の単一楽章交響詩は、1961年に書かれ植民地支配と英雄的な闘いを続けた全フィリピン民衆に捧げられた。交響詩とはいえ、リヒャルト・シュトラウス流のソナタやロンド形式に則ったものではなく、植民地化前から独立に至るフィリピンの歴史を、ロマン派語法でコンパクトに俯瞰した音詩。なおオリジナルはブラスバンド作品で、吹奏楽が盛んなフィリピンでは定番演目となっている。
ラルゲットの序奏は、フィリピンに伝わる舞踏「クミンタング」が奏でるスペイン侵略以前の平和な島々。アレグロ・アニマートで侵入後の混乱が始まり、レント・マ・ノン・トロッポ・コン・スンマ・フェルヴォレが描く田園風景、アレグレット・マス・エレガンツァで島々に生きる人々の喜びを挟みつつ、マーチ作曲家の面目躍如たるアラ・マルシアからアレグロ・アニマートで独立闘争が描かれる。最後は、民衆歌「バハイ・クボ(田舎家)」がトランクィロ・ソレムネで壮大に盛り上がり、先達の勝利を讃える。

エルガー:チェロ協奏曲

ウスターでピアノ調律師の息子に生まれたエルガー(1857-1934)は、ほぼ独学で作曲を学び、イングランド中部の地方楽士となった32歳で9歳年上の女性に熱愛。結婚後ロンドンに登るが成功はならず、失意で田舎に戻る。やがてカンタータ作品が評価され始め、1899年にはロンドンで初演された《エニグマ変奏曲》が大成功。世紀転換直後の《威風堂々》は国民的大ヒットとなり、ナイトに叙されるまでに出世した。
第1次大戦も終わりに近い1918年、晩年に足を踏み入れた巨匠エルガーが遺した唯一のチェロ協奏曲は、ドヴォルザークと並ぶこのジャンルの最高傑作。チェロ独奏が哀愁に満ちたアダージョを呟き始まる第1楽章、モデラートのソナタ形式。第2楽章、レントからアレグロモルト、多用されるチェロの特殊奏法が、技巧誇示ではなく複雑な心情として響く。第3楽章のアダージョは、チェロの歌の魅力をたっぷり聴かせる。アレグロ・マ・ノン・トロッポの第4楽章、ヴィルトゥオーゾ性の開陳と音楽的充実度がマッチした陰影に富む終曲。独奏のダモダール・ダス・カスティージョは、ザルツブルクで学ぶフィリピンの天才少年。初演以来晩年の諦観の音楽とされがちなこの大作を、若き南の魂はどう歌うだろうか。

プロコフィエフ:バレエ組曲「ロメオとジュリエット」(マーロン・チェン セレクション)

帝政ロシア末期に生まれ、20世紀前半の歴史に巻き込まれたロシア人プロコフィエフ(1891-1953)は、ロシア革命を避け日本経由で西欧に逃れ作曲家や名ピアニストとして活動、1934年に15年ぶりにソ連に帰国する。前衛的作風に行き詰まりを感じていた奇才に、レニングラードのキーロフ劇場は「ロメオとジュリエット」のバレエ化を依頼。プロジェクトはボリショイ劇場へと渡され、巨大なバレエ音楽が1935年夏に完成した。当初はリズムが複雑過ぎて踊れないと拒否されたが、現在では傑作として世界中で上演されている。本日演奏されるのは、バレエとしての曲配置から多少の入れ替えを行いつつストーリーの流れに沿って音楽的聴き所を丁寧に並べた、指揮者マーロン・チェンに拠るスペシャル選である。

  • Ⅰ:モンタギュー家とキャピュレット家

    怒鳴りつけるような冒頭は、争いを止めぬ両家に対するヴェローナ大公の「町の平和を乱す者は処刑する」という通告。静けさをはさみ、圧倒的な騎士たちの踊り。独奏フルートがジュリエットと婚約者パリスの典雅な踊りを伴奏。

  • Ⅱ:少女ジュリエット

    14歳のお茶目な女の子と、好かぬパリスとの婚約に憂う娘との両面を描くジュリエット像。クラリネットがテンポを揺らし歌うテーマが印象的だ。

  • Ⅲ:マドリガル

    ロメオへの思いから愛の芽生えまでを、モチーフを駆使して描く叙情的小品。

  • Ⅳ:仮面

    キャピュレット家の舞踏会にロメオらモンタギュー家の男どもが忍び込む場面の音楽。ロメオはこの席でジュリエットに一目惚れする。

  • Ⅴ:ロメオとジュリエット

    作品全体の愛のクライマックス、文学的にも有名なバルコニーの密会場面。息の長い旋律で、愛の成長が描かれる。

  • Ⅵ:朝の踊り

    ヴェローナの街の朝の喧噪。バレエでは冒頭近くに配される群舞である。

  • Ⅶ:タイボルトの死

    ジュリエットの兄タイボルトとロメオの友人マキューシオの決闘、そのままロメオとタイボルトの闘い、タイボルトの死へ。打楽器の打ち込みでタイボルトの近親者の嘆きと復讐の誓いがポリフォニックに語られる。

  • Ⅷ:別れの前のロメオとジュリエット

    ジュリエットと一夜を過ごしたロメオが別れを告げると、ジュリエットは僧院に向かう。後半は、仮死状態になる薬を飲む娘の姿。

  • Ⅸ:ジュリエットの墓前のロメオ

    ジュリエットが死んだと思いこんだロメオが毒をあおり、ジュリエットが目覚める。運命の悲劇が劇的に描かれる。

  • Ⅹ:ジュリエットの死

    長大なバレエを締め括るアダージョ。ロメオの亡骸を見出したジュリエットは、短剣を己に突き刺し、叫ぶこともなく静かに若き命を閉じる。

中村 透:かぎゃで風 ~琉球古典音楽、古典舞踊とオーケストラのための~

本日の演奏会冒頭は、三線の響きに乗せ沖縄本島地方の新年や婚礼など祝賀の席で最初に奏でられる「かぎやで風」。長寿と繁栄を願って舞われる老人踊りで、「今日の誇らしやや 何にぎやな譬てる 莟で居る花の 露行逢た如」(今日の喜びを何に喩えられよう、花の蕾みが露を受けて開花したような気分だ)という目出度さに溢れる歌詞が、母音を長く引き延ばされ唱われる。
沖縄県民なら誰もが知るそんな名曲は、本日は作曲家中村透(1946-2019)の手になる、金管も含む現代オーケストラのモダンな響きと歌、三線の大胆なコラボレーションで披露される。2010年に琉球響10周年記念に「沖縄でしか出来ない音楽文化創造」を目的に4人の作曲家に委嘱された作品のひとつで、翌2011年浦添市てだこホールで外山雄三指揮により世界初演された。初演ではオーケストラの背後に地唄集団がオンマイクで配置され、舞踊は花道から出入し、オーケストラの前で舞った。
戦後の北海道に生まれた中村は、東京の国立音大で学んだ後、本土復帰直後1975年に沖縄移住、琉球大学教育学部を拠点に活動する。芸術の壁を越え沖縄伝統音楽や古謡と深く関わる様々な作品を遺すばかりか、地域を拠点とする公共ホールのプロデューサーとしても日本中に知られ、本作品も創作プロセスから上演の反省までを著作で詳解されている。「(本作での)オーケストラの役割は、伝統楽器群の背景としてだけではなく、ときには伝統音楽や舞踊との対話、またときによって新しい音響世界とビジュアルな舞台シーンが成立するように構想された。(中略)とまった時間の、しかし悠々たる時の流れの中で、いつのまにかなにかが始まり、いつのまにかなにかが終わる…そのような沖縄の風土性が表現されることを期待したい。」(中村)

萩森英明/琉球交響楽団委嘱作品(沖縄本土復帰50周年に寄せて)

1981年東京に生まれた萩森英明は、J-popに刺激され14歳より作曲を始め、東京藝術大学音楽学部作曲科で佐藤眞、福士則夫の各氏に師事。前衛の縛りを抜けた新たなロマン主義の時代に、管弦楽の魅力を素直に開示する作品を発表。編曲者としても優れた才能を発揮している。なかでも2019年に琉球響が15年ぶりに収録した新CDのための書き下ろし新作《沖縄交響歳時記》は、コンセプトの「沖縄の四季」を反映した親しみやすい響きの佳作となった。
「今年の6月、私は沖縄県北部の山原の森を訪れました。豊かな自然に包まれた旅になりましたが、とりわけ印象的だったのは、ガイドの方がお話しくださった沖縄戦の話です。北部では、さほど激しい戦闘が行われなかったため、南部で激戦が繰り広げられているなか、浜辺で米軍と現地の人々が運動会をしていた記録もある、というのです。もちろん、北部でも多数の命が失われたことを心に留めなくてはなりませんが、私にはこの山原の深い森が、人々の平和な営みを守ってくれたのではないか、と思えてならないのでした。そんな山原での印象をもとに、作曲いたしました。曲は続けて演奏される4つの楽章からなっており、森の一日を描写するように進んでいきます。第1~第3楽章では、それぞれ「辺野喜節」「浜千鳥節」「山原汀間当」の旋律が素材になっています。

第1楽章「夜明け」 森に朝がやってきます。
第2楽章「鳥たちの歌」 鳥たちが目覚め、様々な歌が聞こえてきます。
第3楽章「歌遊び」 人々の舞いや歌が聞こえてきました。楽しい宴の始まりです。
第4楽章「夜半」 静かな夜になり、一日を思い返すように、第1~3楽章、3曲のメロディーが登場します。」(萩森)

ラヴェル:ピアノ協奏曲 ト長調

スペイン人の血が混じる南方系フランス人ラヴェル(1875-1937)は、オーケストラを響かせることにかけては史上最高の職人だった。ピアノ曲のジャンルでも、フランス・サロン音楽の伝統を継ぎつつ洗練させた、粋な小品を多く遺している。自動車事故で作曲家としての活動が断ち切られてしまう直前の1931年に完成、両ジャンルの才能を結実させたのがこのピアノ協奏曲。ト長調という明快な調性を選び、シンプルで透明な音楽の作りもまるでハイドンの昔に戻ったかのよう。急緩急の古典的な3楽章に、ジャズ風のリズムや大胆なピアノ技巧、吃驚するようなオーケストラの書法をさり気なく盛り込んでいる。
印象的な鞭の一打ちに始まる第1楽章は、沸き立つような第1主題と、ジャズのイディオムも感じさせる第2楽章が対比される。第2楽章の冒頭、右手の旋律を左手で伴奏する素朴なピアノ独奏が延々と33小節も続く。やがてフルート、オーボエ、クラリネットと管楽器が絡み、ファゴットとホルンが弦楽器の響きの海へと包み込んでいく自然なプロセスに、ラヴェルの管弦楽書法の天才を感じざるを得まい。コールアングレが歌を拾い、ピアノが伴奏にまわる後半の美しさは格別だ。活気に満ちた終楽章は、トロンボーンやトランペットが、ジャズやブルース、行進曲まで繰り出す熱狂的ロンド。

チャイコフスキー:交響曲第5番 ホ短調 作品64

ヨーロッパの最東端で官吏の息子として生まれ、フランスやオーストリア文化と直結するペテルスブルクで育ったチャイコフスキー(1840-1893)は、帝政ロシア末期の西欧派。さしずめロシア版「和魂洋才」の芸術家である。後半生の充実期に書かれた交響曲は、「ロシアのベートーヴェン」と呼ばれる傑作揃い。1888年のこの作品は、冒頭で重厚に鳴るテーマが変容されつつ登場、運命への闘争と勝利が音に描かれる。オーケストラの多彩な色彩をそのまま響きのパレットに展開した、サウンドのアニメーションだ。
暗い音色のクラリネットが、アンダンテで運命主題を呟く。アレグロ・コン・アニマのソナタ形式主部は、第1主題がこの運命主題から導かれる。主題は3つあり、ワルツのリズムが活躍。アンダンテの第2楽章では、ホルン独奏がまるで協奏曲のように甘美に歌う独特な楽章。第3楽章には三部形式のワルツで、コーダに運命主題が顔を出し、忘れかけていた緊張を次の楽章へと繋ぐ。弦楽合奏がホ長調で荘厳に運命主題を奏でるアンダンテ・マエストーソで、第4楽章フィナーレが始まる。運命主題が主役となり、激烈な劇的闘争を経て、最後は威風堂々の勝利行進へと変貌、光彩陸離たるオーケストラの輝きの中を凱旋する。

ヨハン・シュトラウス2世:喜歌劇「こうもり」序曲

ベートーヴェンが没す頃にオーストリア帝国ウィーンで父ヨハン・シュトラウス1世らが始めた庶民の娯楽としての3拍子舞踊ワルツは、その息子ヨハン・シュトラウス2世(1825-1899)の手で壮麗なオーケストラ音楽に作り上げられた。シュトラウス2世は、ワルツを歌芝居にも導入、喜歌劇(オペレッタ)の世界にも革命をもたらす。
ドイツとの戦争に負けドイツ語世界での主導権を失ったものの、多民族が暮らす長い平和な時代が訪れた1874年、初演されたオペレッタ「こうもり」は、爆発的な大ヒット。中年夫婦の大晦日のドタバタを描く舞台を導入する序曲は、舞台の名旋律を繋げた聴きどころ総ざらえ。歌劇に登場するワルツやアリア、二重唱、三重唱の旋律が次々と繰り出される。二重帝国となったばかりの隣国ハンガリー風味の隠し味が随所に利いている部分に、複雑な歴史を感じざるを得ない。なお、この序曲全体は2拍子系の突っ走るようなリズムが中心で、3拍子となる部分は案外と多くない。それだけに、ワルツとなった瞬間のインパクトは猛烈かも。

ブルッフ:ヴァイオリン協奏曲 第1番 ト短調 作品26

ライン川に面した大都市ケルン生まれのブルッフ(1838-1920)は、僅か11歳で完成度の高い室内楽や管弦楽序曲を作曲し大いに将来を期待された、モーツァルトやメンデルスゾーンにも比肩する神童だった。その後もドイツ各地や英国の劇場音楽監督や宮廷楽長、オーケストラ協会指揮者を歴任。1891年には新統一ドイツの帝都ベルリン・アカデミーの教職を得ている。
生前は社会的にそこそこ成功したものの、現在演奏会で耳にするこの作曲家の音楽は、3曲あるヴァイオリン協奏曲を筆頭に、独奏楽器と管弦楽のための作品程度。交響曲もオペラも、聴けばそれなりに楽しく耳に心地よい作品ばかりだが、演奏会のスタンダードな演目に挙がることは稀である。作曲家ブルッフの悲劇は、天才が初期ロマン派の作風を一切変えることなく長生きし、それなりに偉くなってしまったことにあった。作品そのものの完成度は高くても、作風が些か時代遅れとなったのである。
そんなブルッフの不朽の名作が、1866年に書かれたヴァイオリン協奏曲第1番。技巧的には超難曲ではなく、美しい旋律が次々に紡ぎ出される典型的浪漫派協奏曲だ。前奏曲と記されたアレグロ・モデラートの第1楽章、ティンパニーの連打から、独奏が駆け上るカデンツァで華々しく幕が開く。再現部を欠いたソナタ形式で、嵐のような展開部の終わりから独奏カデンツァを含む冒頭部分が戻るや、そのまま変ホ長調の穏やかなアダージョの第2楽章へ。ひたすら独奏ヴァイオリンが情熱的な歌を奏でる。ヴィオラの刻みからアクロバティックなト長調主題が立ち上がる第3楽章、アレグロ・エネルジコの壮大な終曲。

ユン・イサン:交響曲第2番

日本占領下の朝鮮半島南端の港町統営に生まれたユン・イサン(1917-1995)は、大阪音楽大学でチェロ、東京で池内友次郎に作曲を学んだ。第2次大戦中には半島で反日独立運動に参加、投獄される。解放された母国で教鞭をとりつつ地道な音楽活動を続け、1955年には韓国文化賞を受賞。統営(トンヨン)周辺の学校のいくつかでは、今でもユンが作曲した校歌が歌われている。
新たな祖国が芸術家に与える最高の賞を得た翌年パリに渡り、ベルリンの音楽アカデミーでシェーンベルクの弟子ジョセフ・ルーファーに師事。既に40歳の完成された作曲家が、12音技法以降20世紀半ばの最先端の潮流に本格的に触れるや、東アジアが生んだ初の前衛音楽の異才として頭角を顕し、64年、ベルリンを拠点に活動した。
1967年、南北朝鮮を越えた活動を行っていたため、秘密警察に拉致され北朝鮮のスパイとして韓国軍事政権に死刑を宣言される。カラヤンを筆頭に世界の音楽家からの抗議と助命嘆願が成り解放、1971年にドイツに帰化した。以降、作曲家としてばかりか教師としても活躍、細川俊夫ら多くの若い才能を指導し影響を与える。祖国の政府とは生涯和解することなく、1995年没後にはベルリン郊外の墓地にメンデルスゾーンやブレヒトらと同じドイツ芸術家として葬られた。
ユンの作曲家としての出発点は19世紀末に東アジア文化圏に持ち込まれた古典派やロマン派の音楽語法だった。戦後前衛の真っ只中に欧州に移るや、30作もの旧作を破棄。長く引き延ばされたひとつの音を核とする韓国宮廷音楽の伝統の響きと、トータルセリーの厳格な構成の葛藤に真っ正面から対峙する。ドイツ帰化以降は、戦後前衛の実験的な作風が落ち着きを見せる風潮に呼応するように、協奏曲を手始めに古典的形式の作品に回帰。1982年に初の交響曲を発表以降、80年代終わりまでに過去の創作実験を集大成し魂の表現へと投入した総計5曲の交響曲と2曲の室内交響曲が、立て続けに書かれる。最初の交響曲を完成し2作目に着手する直前の1983年、ユンは「作曲家は自分が生きる世界に無関心でいられるものではない。人間の苦悩、抑圧、不正…それらは全て私の思考に関わってくる。痛みが、不正があるところでは、私は音楽を通じて発言せざるを得ない」と語っている。
1984年の初夏から秋に書かれ、同年12月にロペス・コボス指揮ベルリン放送響が初演した第2交響曲は、一切の指定がない3つの楽章から成る比較的小規模な編成の30分程の作品で、極めて雄弁な交響曲群にあって内向的な作風と位置付けられる。ブーシー&ホークス社の公式解説に拠れば、弦楽器群が肯定的な力、金管及び打楽器群は悪魔的で破壊的な力を象徴し、木管群が仲介の響きの層を成すという。西洋3楽章交響曲のスタイルに、東洋の全てが影響し合い出発点に戻るという東アジアの思想が込められているとの論も。濃厚な響きで埋め尽くされる巨大なクレッシェンドの第1楽章、対比される落ち着いた緩徐楽章の第2楽章、弦楽器の響きが支配し吉兆を予感しつつ終わる第3楽章。

Profileプロフィール

  • マニラ交響楽団

    Manila Symphony Orchestra

    アジアで最も古いオーケストラの一つ。1926年に創立され、第2次世界大戦も経験、フィリピンの歴史に大きな役割を果たした。長年に亘りヴァイオリニストのメニューイン、オイストラフ、ピアニストのフー・ツォンなど世界の一流演奏家たちと協演を重ねている。『フィリピンの誇りとなり、あらゆる人々が音楽を聴く喜びを享受するに不可欠な存在となること』をヴィジョンにシーズンコンサートを通して質の高いクラシック音楽を提供するとともに、フィリピンの若い才能の育成にも積極的に取り組んでいる。現在、マーロン・チェンの下、60人の楽員を擁している。2014年優れた音楽家を育成するためにミュージック・アカデミーとジュニア・オーケストラを設立した。

  • マーロン・チェン/指揮

    Marlon Chen

    2019年マニラ交響楽団の音楽監督に就任。ヒューストンを拠点とするアンサンブル“Aperio, Music of the Americas”常任指揮者。MDR交響楽団(ライプツィヒ)、パリ管弦楽団のアシスタントコンダクターを経て、多くの著名オーケストラと共演。作編曲家でもあるチェンはNetflixの受賞歴のある番組でも活躍している。

  • ダモダール・ダス・カスティージョ/チェロ

    Damodar Das Castillo

    2007年マニラ生まれ。現在フィリピンで最も期待されているチェリスト。既に5つの国際コンクール(エストニア、ベルリン、デュッセルドルフ、イタリア、米国)で優勝している。ザルツブルク・モーツァルテウムにてBarbara Lübke-Herzl教授に師事。

  • 琉球交響楽団

    Ryukyu Symphony Orchestra

    2001年3月「琉球交響楽団設立コンサート」を開催。 定期演奏会や小中高等学校での音楽鑑賞会の他、0歳児からのコンサート、琉球芸能とのコラボレーション、沖縄県内離島公演を積極的に行っている。2016年大友直人が音楽監督に就任。2017年、2017年全国共同制作 プッチーニ:歌劇「トスカ」沖縄公演において、管弦楽演奏を務め好評を博した。2022年6月には沖縄復帰 50 周年記念特別公演として東京公演、大阪公演を開催。聴衆とのふれあいを大切に、県民に親しみ愛され、国際色豊かな沖縄県の顔となる交響楽団を目指し活動している。2005 年ファーストアルバム「琉球交響楽団」、2020 年セカンドアルバム「沖縄交響歳時記」をリリース。

  • 大友直人/指揮

    Otomo Naoto

    桐朋学園在学中にNHK交響楽団を指揮してデビュー以来、日本のクラシック音楽界をリードし続けている。これまでに日本フィル、大阪フィル、群響などの主要ポストを歴任。現在東京交響楽団名誉客演指揮者、京都市交響楽団桂冠指揮者、琉球交響楽団音楽監督、高崎芸術劇場芸術監督。

    ©Rowland Kirishima

  • 沖芸大琉球芸能専攻 OB 会

    Okinawa Prefectural University of the Arts, Ryukyu Performing Arts Major Alumni Association

    沖縄県立芸術大学琉球芸能専攻の卒業生および在学生によって構成され、沖縄の伝統芸能である琉球舞踊や琉球古典音楽の継承に力を注いでいる。県内外の委託公演や地域のイベントなど多くの公演に出演しながら、会員同士の更なる技術向上を目指し活動している。

    ©沖芸大琉球芸能専攻OB会

  • 萩原麻未/ピアノ

    Hagiwara Mami

    2010年第65回ジュネーヴ国際コンクールにおいて、日本人として初めて優勝。
    文化庁新進芸術家海外研修員としてフランスに留学。これまでに国内外の主要オーケストラと多数共演を重ねているほか、ヨーロッパ各地の様々な音楽祭に招かれている。

    ©Marco Borggreve

  • KBS交響楽団

    KBS Symphony Orchestra

    1956年韓国放送公社(KBS)によって設立。チョン・ミョンフン、ドミトリー・キタエンコ、ヨエル・レヴィ等が歴任した音楽監督に、2022年ピエタリ・インキネンが就任し、世界トップクラスのオーケストラへと更なる飛躍が期待されている。定期演奏会ほか様々なコンサート活動や韓国全域でのアウトリーチも積極的に行い、大規模な交響曲から室内楽まで幅広いレパートリーで人々を魅了している。その演奏はテレビやラジオで頻繁に放送され、さらに「デジタル・Kホール」を開設、高品質の音楽コンテンツを無償で広く提供している。比類のない演奏と革新的な企画で韓国国内はもとより欧米からも常に注目が集まるオーケストラである。

  • ユン・ハンギョル/指揮

    Hankyeol Yoon

    1994年大邱生まれ。2019年-2021年ニュー・ブランデンブルク・フィルハーモニー管弦楽団カペルマイスターを務める。2019年ネーメ・ヤルヴィ賞を史上最年少で受賞のほか、数々の国際コンクールで入賞している。ミュンヘン音楽・演劇大学にて修士を取得。作曲家としても多数のコンクールに入賞しており、その豊かな才能は今後の活躍に最も注目されている。

  • キム・ボムソリ/ヴァイオリン

    Bomsori Kim

    国際的に活躍の目覚ましい若手ヴ ァイオリニストである。ソウル大学卒業後、ジュリアード音楽院で修士号およびアーティスト・ディプロマを取得。仙台国際音楽コンクール最年少受賞、ARD ミュンヘン国際コンクール最高位など、数々の国際コンクールで受賞している。世界の著名オーケストラとの共演多数。