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新聞記者の目

「地方オーケストラの在り方」
~山形の場合~

伊藤 律子(山形新聞社編集局報道部)
新聞記者の目 「地方オーケストラの在り方」~山形の場合~   伊藤 律子(山形新聞社編集局報道部) | オケ連ニュース | 公益社団法人 日本オーケストラ連盟

 東北初のプロオーケストラとして1972(昭 和47)年に誕生した山形交響楽団が昨年、 創立50周年の節目を迎えた。これに合わせ、 創設からの歩みを振り返る「山響クロニクル ~50年の軌跡」を山形新聞紙上で30回にわ たって連載した。紆余曲折あったその道のりと向き合うことは、プロ楽団が人口約万人 の地方都市で半世紀以上もの間存在し続けた〝奇跡〟と、地方都市のあり方を改めて考える機会となった。

 始まりは「東北にプロオーケストラをつくろう」という一人の指揮者の熱い思いだった。その根底には、今年90歳を迎えた創立名誉指 揮者・村川千秋さんの「子どもたちに本物の音楽を届けたい」という純粋な願いがある。

 村川さん自身、高校生の時に初めて聴いた生のオーケストラの音色に心を動かされ、音楽の道を志した。一方で、地方にいて本物の 音楽に触れる機会の少なさも実感していた。 進学した東京芸大でもまざまざと見せつけら れた首都圏と地方の格差。留学した米国では、どんなに小さな街にもオーケストラがある ことに衝撃を受けたという。こうした経験から「地方にこそオーケストラが必要」との思いを強くした村川さん。その熱意に共感した人々の努力によって山響はできた。

 この原点を体現した活動が、設立当初から続くスクールコンサートだ。フルオーケストラが学校などに出向いて、生演奏を聴かせる。これまで延べ300万人を超える子どもたちに音楽を届け、今では3世代にわたって体験したという家庭も少なくない。県民なら一度は子どもの頃に山響の演奏を聴いたことがあるだろう。 山響が県民に愛されるゆえんでもある。こうした貴重な体験ができるのもプロ楽団が身近にあるからこそのことで、山形の文化的土壌を築いてきたといっても過言ではない。山響が山形にあることの大きな意味がここにある。

 50年の過程には幾多の困難もあった。財政的な問題は幾度も訪れ、楽団員や事務局員が一気に辞めるという存続の危機も。一つの大きな岐路となったのが、85年、文化庁の助成基準の団員数を満たせず、補助金断念を選んだことだったかもしれない。隣県の宮城フィルハーモニー管弦楽団(現仙台フィル)と一つになる可能性もあったが、山響は小さくても山形で地道に活動を続ける道を選択した。

 山響存続の危機に、いち早く動いたのは市民だった。「文化の灯を消すまい」と有志が「楽器をおくる会」を設立し、募金活動を展開。多くの市民が趣旨に賛同、山響を核にした市民運動が実を結んだ。さらには企業や自治体も支援に動いた。くしくも危機が山響と県民との 結びつきを強くしたのだ。文化とはそこに暮らす人たちが関わり、育て、支えてこそ成り立ち、 根付くもの。そんなことを実感させる象徴的な出来事である。

 さらに、この選択は後にもう一つの価値をもたらした。少人数による編成を逆手にとり、古楽スタイルの演奏を極めるという取り組みだ。 それは2004年に常任指揮者に就いた飯森範親さん(現桂冠指揮者)によって花開いた。 8年かけてモーツァルトの交響曲全曲を演奏した「アマデウスへの旅」は、古楽器を取り入 れ、18世紀当時の音にこだわった画期的なシ リーズだった。演奏はCD化され、2017年度 のレコード・アカデミー賞特別賞(企画・制作) に選ばれた。10年からは古楽のスペシャリストである鈴木秀美さんを定期的に招くなど、山 響は古楽演奏と機動力のあるアンサンブルを極め続けている。少人数を個性とし、強みとし て磨き上げていく。これからの地方にとっても大事な視点である。そして今、常任指揮者阪哲朗さんの下、オペラという新たな個性も 築こうとしている。

 新型コロナ禍でも、山響はその存在意義と音楽の底力を見せつけた。全国的にみても 早い時期に無観客公演のライブ配信を実施。苦しい中でも「音楽を届ける」という役割を果たし続けた。20年7月、約100日ぶりに観 客を前にした公演では、音楽を待ち望んだ市民の熱量を体感した。鳴りやまない拍手に、 一度下がった楽団員がステージに呼び戻さ れるという見たことのない光景。「音楽とは人の心を結びつけるもの」だということを再認識させられた。

 山形市の後押しもあって県民や全国から は約7千万円にも上る、多くの支援も寄せられた。そこには山響への期待と「音楽の灯を消してはならない」という思いが込められてい た。楽団はこれに応えるように、新たに見いだした配信という可能性を活用し、演奏とともに山形の魅力を発信する事業を展開。地域に根差した楽団のあり方が見えた気がした。

 深刻な少子化が進む地方では、楽団運営の厳しさも増している。実際、スクールコン サートは「やればやるほど赤字」の状況だ。それでも続けるのは「山響の魂を失うことになるから。子どもたちに音楽を届けることが文化の裾野を広げることになる」と西浜秀樹専務理事は語る。

 地方楽団とは、その地域といわば運命共同体である。子どもたちの文化的素養を育むのは、いち楽団だけでなく地域全体で支え持続させていくべきことだ。そうして育んだ文化が地域の強みとなり、次代につながっていく のではないか。地域に根差した地方紙としても長年バックアップを続け、紙面では定期演奏会の評などを欠かさず紹介している。発信を通して、「音楽が県民の誇りになるように」 (村川さん)、ともに文化を育てていきたい。

「日本オーケストラ連盟ニュース vol.110 38 ORCHESTRAS」より