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尾高忠明マエストロが
「コロナ禍で得たもの、感じたこと」

インタビュー:日本オーケストラ連盟 桑原 浩
 尾高忠明マエストロが「コロナ禍で得たもの、感じたこと」   インタビュー:日本オーケストラ連盟 桑原 浩 | オケ連ニュース | 公益社団法人 日本オーケストラ連盟

コロナ禍の長期化は、オーケストラの活動を改めて振り返り、今後の活動を見直す機会となった。
そこで今回は尾高忠明さんに指揮者の立場から、コロナ禍でのオーケストラとの取り組みを振り返っていただき、今、オーケストラと共にあって思うことを伺った。

(インタビュー:桑原 浩)

お客様の前で演奏する大切さ

――現在、コロナウイルスのことも次第にわかっていく中で認識も対策も変化してきています。当初はオーケストラ側から見て外部から客演される指揮者に対して、PCR 検査を受けるように厳しく求められることがあったと思いますが、どのように感じましたか。
また、コロナ禍を経験したことで、改めて気づかれたことは。

尾高 PCR 検査は全員受けるに越したことはないのですが、コストがかかるのでオーケストラ全員受けられなかったのは仕方なかったと思います。
指揮者はその職業上、他の演奏家に比べ、大きな声で話す機会が多く、飛沫が飛ぶ可能性が高いので、指揮者に PCR 検査やマスク着用を求めるのは仕方ないと思います。

 僕の場合は、対策を自分で考えた結果、持ち運びできる小さなスピーカーを使って話すようにしています。小声で話しても遠くの奏者まで聞こえます。「コロナ禍が収まっても使いませんか?」と提案されるくらいです。
いろんな対処法があるので今は国の政策が間違っていたと指摘するよりもこれから先をどうするか考えていかなければならないと思います。

 2020 年 3 月~ 6 月頃、仕事が無くなってしまった時に普段の生活ではできない勉強ができたというのはコロナ禍で得をした部分でした。
 しかし、3 カ月経って久しぶりに大阪フィルと練習場に集まったら、それだけで涙が出てくる。そしてジュピター交響曲の初めの音を出したらみんな感極まって。
そこに少しのお客様に入っていただいた時、お客様の拍手がこんなにも嬉しいことなのかと、やはり僕たちの糧はこれなのだと感じました。あの時の気持ちは一生忘れたくないです。
 その後、7 月に行った新日本フィルの演奏会では、ライブ配信でも良質な音が提供できると聞き喜んでいたのですが、演奏後お客様の「ブラボーを言いたいけど言えない」という気持ちのこもった熱い拍手に感激し、「生でお客様の前で演奏する」という行為が演奏する側にも、お客様にとってもいかに尊いかを感じました。

若手指揮者の起用を生む

――マエストロ自身も外国人指揮者が来日できなくなり、代役を務めるなど忙しかったと思いますが、一方で多くの若い指揮者が代役に起用されることが増えました。
若手指揮者たちはそのチャンスを上手く活かせていましたか?

尾高 外国人が来日できないと聞いた時、才能ある若い指揮者が活躍するチャンスだと思ったので、色々なオーケストラに起用をお願いしました。
実際に多く機会を作ってくださったオーケストラの一つは N 響でした。老舗のイメージが強く、決まった指揮者しか振れないのではと若手も思っていましたが、そういう人たちを起用してくれました。また、楽員からも良い反応が返ってきました。

 こういった流れはコロナ禍が生んだ良い面でした。若い時に沢山仕事することは乱雑にしてしまうと内容が落ちてしまいますが、失敗にせよ成功にせよ、チャレンジする機会が増えたのは良いことだと思います。
 私たち高齢の指揮者にとっても、数十年振りに、例えば広島交響楽団と共演することが出来て、その楽団の成長に驚くとともに、改めて今の日本オーケストラのレベルの高さを実感する機会となりました。

グローバルな動きを…

――日本の水際対策が海外よりも厳しいことで、クラシック市場から日本が取り残されるのではないかという危惧がありますが。

尾高 日本は英国もそうですが島国ということもあり、自分たちだけ安全ならば良いという意識が国民の中にも少しばかりあるのではないでしょうか。本来は世界中で手を取り支え合う意識でいなければならなかったと思います。これからは世界のスタンスと自分たち日本のスタンスとを見比べて、同じように動いていかなければならないと思います。

 日本が鎖国していた時代に、ヨーロッパでクラシック音楽が発展したので、まだ日本には、斎藤先生も言っておられた、とにかく「ものまね」から学ぶという精神が残っていて、日本人のオーケストラを日本人のみが指揮するだけでは、自分たちでは気が付かない要素がまだあると思います。

 日本のオーケストラは、海外の指揮者、日本人の指揮者は海外のオーケストラと共演することで自分の中に「何か」もたらされるものがまだあり、それが後に大事になってきます。
そして相互に交流することで海外と日本のそれぞれの良さを理解するなど、グローバルな動きが早く戻ってきてほしいと思っています。
 僕が海外のオーケストラとの仕事を体が許す範囲は続けなくてはいけないと思うのは鎖国していたツケだと思いますね。

オケが自分のお客を持つこと

――日本オーケストラ連盟では、文化庁アートキャラバン事業として「オーケストラ・キャラバン」を開催し、マエストロにも 1月に大阪フィル高崎公演で指揮していただきました。
この取り組みの中で、近年オーケストラが一般の方に向けた地方ツアーをしていないことに気づきました。立派なホールはあっても、地方で音楽会ができる予算や仕組みがなく、芸術文化の享受に格差を感じています。
地方での公演の重要性や現在の状況をどのようにお考えでしょうか。

尾高 アートキャラバン事業はとてもすばらしい企画でした。高崎に行った時、大阪フィルもお客様も喜んでいて、これからも続けたいと思いました。以前は文化庁移動芸術祭というものがありました。他にも様々なスポンサーがお金を出してくれて全国を回る企画がありましたが、今はそう言った企画がどんどん減っているのがとても残念です。
 日本にもっとオーケストラがあっても良いでしょう。自分たちのホールで自分たちのお客さんを持っているというのは、文化だと思います。日本にはドイツやフランスと比べてもそれ以上のすばらしい市民会館やホールがあります。

芸術は「心の栄養」

――オーケストラ運営はコロナ禍でますます存続することが大変な状況になりました。オーケストラは経営基盤の柱を、それぞれ強化することが求められています。
第1の基盤は、 文化庁の「舞台芸術創造活動活性化事業」です。これはトップクラスの芸術団体の定期演奏会など芸術的な質の高いものを評価して支援されるもので、オーケストラの場合、最大 1 億円頂いています。
第2は民間、地方行政、上記以外の国からの支援です。それには社会貢献的な活動が求められ、例えばクラシック音楽の普及のための活動、教育的な価値を持つ活動、社会包摂的な活動などを演奏会やアウトリーチ活動などで行うものです。
第3は演奏会による直接的な収入です。これまでオーケストラを支えてくださったお客様も高齢化し世代が代わり、余暇の使い方も多様化する中で、新たなお客様の獲得は簡単ではありません。
この 3 つがバランスよく存在していかないと運営は難しいのではないかと思っています。この点についてはいかがお考えですか。

尾高 私は以前から文化庁でなく文化省になって芸術文化に対する予算をもっと増やしてほしいと考えていました。
日本が文化国家になるような方向にもっていきたいです。震災後に被災地にお金や食料だけでなく“心にも栄養 ” が必要という話をしました。芸術文化が必要だという考えはドイツでは当たり前でも、日本ではまだその認識も薄いのではないかと思います。
オーケストラは資本主義経済から見れば、経営が成り立たないような破格のチケット料金でコンサートを開催していますが、国民の中でそのことを理解している人が少ない。このような点も文化国家でないと思う一因です。
コロナ禍でも景気の悪くない民間企業も多くあります。そういった企業への有効なアタックの方法を考えるためにも、海外に比べて事務局の人員が少ない日本のオーケストラは人員を増やす必要があると思います。

 また、世の中の変化を感じ取ってオーケストラもクラシックという枠を自ら取り払っていくべきだと思っています。近年では映画やアニメやゲームの音楽などのオーケストラ・コンサートが盛んですが、その演奏を聴いた若者や子供たちが生のオーケストラの音のすばらしさに気づいています。

 それをきっかけに、1%でもクラシック音楽に興味を持つかもしれない。すでにクラシックの枠は広がってきているので、芯になるアンサンブルや音楽体験は忘れないで広がっていくことが大事です。英国では若い人たちに生の音を聴いてもらうことが大事という意識があります。

 日本でも従来型の音楽教室だけでなくこちらから近づいて、クラシックだけでなく日本のいろんな音楽文化に触れてもらうことを考えなくてはならないと思います。また、文化芸術が「心の栄養」として必要なものであることを日本の皆さんにも気付いてほしいと思います。

人と人のグローバルな繫がり

――ロシアとウクライナで紛争が起こっていることで、紛争を起こした側であるロシア出身の世界で活躍する人が、自らの立場を明らかにすることを求められる事態となっています。
このような事態下で芸術文化の活動をするお立場としてどのようにお考えですか。

尾高 現在、それぞれの政治体制とは別の次元で、世界中で文化的に、また経済的に横のつながり強くなっている時に、このようなことが起きたというのは根が深い歪みが表面化したのだと思います。
現代の戦争でも確実に人が亡くなって、美しい街が壊れていきます。今のウクライナの方々の心を思うと非常につらい気持ちです。

 私は、人と人のグローバルなつながりは政治とは関係ないものなのではないかと考えています。例えば今、ロシアのソリストと演奏することになったら断りたくはないし、ロシアの作曲家の作品もこれからも演奏していきたいと思っています。
 その人の人格が一番大事ですし、他国ですがその国に属している人々の考えと政府の考えが異なっているのは明らかだと感じる体験をしたことがありました。安全は確保しなければいけませんが…

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マエストロとの話に出てきた、朝から晩まで多方面の活動で忙しいロンドン交響楽団のトランペット奏者の「タフでなければロンドン交響楽団ではやっていけない。でもそのどれもが楽しい。」という話が心に残り、そんな活動が出来る世界を大切にしなくてはいけないと強く感じた。

(桑原)

2022年3月31日発行
「日本オーケストラ連盟ニュース vol.107 38 ORCHESTRAS」より